男の子と暮らす日々

男の子2人の母です。 日常のあれこれ備忘録に綴りながら、旦那の毎日の弁当・簡単レシピなど覚書で書いていきたいです。

未来は

無限に広がっている。

可能性も希望も。

 

夢を持ち、目指せる環境があるなら何でもしてみたらいい。

子供達にはそういう我慢はさせない暮らしを目指そう、と旦那と話している。

それこそ、夢見たいな話だけどw

がんばれ、私たち…

 

それでも時代はどんどん変わる。

私たちの幼かったころとは違う。

 

当たり前の水準は高くなり、当然みたいなことは増える。

我慢の仕方もきっと変わってきた。

便利で勝手の良い世の中。

楽な反面、暮らしにくいことがあるのも事実。

それをどう受け止めていくのか。

 

わたしたちはどう受け入れて暮らすのか。

これはこれから先の課題なはずだ。

 

帰省して実家で暮らすと不思議だ。

人生の中で1番長く暮らしていたはずの家がもう自分の家でなくなっている。

あんなに居心地よく、当たり前だった匂いがもう当たり前でなくなる。

 

もうここは私の家ではないのだ。

それは悲しいけど、喜ばないといけない。

帰る場所がある。

 

ーいつでも、帰ってきていいよ

 

母はいつもそう言ってくれる。

 

帰れる場所があることは幸せだ。

私にはもう、帰る場所が2つもある。

 

そんなことを、しんみり感じていると背後で楽しそうな笑い声。

それに乗るピアノの音。

 

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6年間ピアノを習っていた。

形ばかりの無駄な6年。

今はもう親に対して申し訳ない気持ちしかない。

ろくに練習もせず習い続け、たいした一曲さえ引けない。

 

情けないがこれが現実。

 

やめたいも言わず、がんばることもしなかった幼い私。

どうしてやめたいと言えなかったんだろう。

言えば特に反対されることなくやめれたはずだ。

言えなかった自分。

言わなかった自分。

どちらにしてもあの頃の自分へ問いかけても答えがない。

未だにピアノを習ってい自分がどう思っていたのかわからない。

 

そのピアノに我が子が触れている。

無邪気に音を零す鍵盤があの頃の自分を蘇らせる。

こんな風に楽しそうにピアノを弾いたことなんかきっとなかった。

このピアノは今、初めて喜んでいる気がしてならない。

 

子供たちもおそらく何か習い事をするはずだ。

今はそれが当たり前な時代。

何をするかももちろん大事。

 

でも1番は本人の気持ちだ。

 

私はこの子たちにどう言ってあげればいいのか。

 

なんでもやってみたらいい。

やりたいこと、やればいい。

 

やめたくなったらやめたらいいとも思う。

でも、続けることも大事だとも伝えたい。

 

なのに私が言うと薄っぺらい…

 

伝えたい言葉はたくさんあるのに。

どれも嘘じゃないのに、どこか空っぽみたいでむなしい。

 

子供達の未来に、わたしは何を伝えていくんだろう…

 

 

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